本当の品質保証、管理

品質管理は、最初製品に対してのみ焦点が当たっていたが、1990年頃から装置・設備全体に亘って議論されるようになっていた。この時代は、前の10年間で日本の国力や技術レベルが頂点を過ぎたが、その勢いの余波でまだ次の10年を駆け抜けることができた。わが業界では、EPC1)という言葉が登場し、設計・調達(物品の購入)・建設のフルスコープの業態以外に、EPとかPCという部分的な業態も多く見られるようになった。当初の品質管理が調達の一部である製品の質的な高低を見ていたのと比べ、より広い視点で装置・設備の質をとらえるようになった。当時我々は、1990年前後に取扱った韓国向けの仕事で得た教訓(Lessons learned)を、それ以前から身に着けていた技術力に加えることで、総合的に一段上がった実力を以って新たな大規模JOBを受注し展開する時期だった。

 

そのJOB開始早々、我々は建設現場で多くの品質的な問題を引き起こし、顧客に多大なご迷惑とご心配をお掛けする事態になり、会社の営業と所属事業部幹部から毎月のように督促を受け、報告・説明に飛び回る日々を過ごした。当時顧客のPMから米国の専門雑誌のコピーを入手し、品質管理につき大いに学ぶところがあった。その内容は、EPCそれぞれの段階の管理とそれらを総合したJOB全体の品質管理のあるべき姿を記述したものであった。詳細については紙数の関係で述べないが、良い装置・設備を完成させるためには、最初の概略設計の構築から品質につき思いを致し、良い調達を通して良い製品や材料を手に入れ、良い建設を行って仕上がり状態を確認した上で顧客に引き渡す一連の動作を、本当の意味で理解できたような気がした。

 

時が過ぎて2003年頃、韓国のエンジニアリング会社から中国向けの設備の応札に協力を要請された際、CD1枚に全ての顧客要求事項を規定した国際的な書類を初めて目にしたのだが、A4換算で段ボール箱3箱分くらいの量があった。その中に、品質保証・安全管理に関する要求事項の章(今で言うならISO-9001, 14001の内容)があり、本文の引用文献として1970年代後半までさかのぼる大量なリストが添付されていた。学者の論文とわかる題名の文献に加えて、当該設備にまつわる会議の議事録が数多く添付してあったことが印象的である。装置の製造者、使用者、間を取り持つエンジニアリング会社の担当者の三者が、ヒヤリハット的な事象についての学びと対応をまとめた議事録が多かった。そのようにして、欧米ではPDCAサイクルを回して来たことが十分に読み取れ、改めてライセンサーであるメジャー系会社の技術統率力に敬服したことを覚えている。HSE2)という用語を始めて見た。

 

会社で初めて希望退職を募るという話になったのが2001年だったと記憶するが、勢いで通り過ぎた1990年代後半から、さすがに息切れ現象が社内にも広がり始めていた。そして2001年以降具体的な事業撤退・廃業等の報道が日本中で多くなった。この現象は、業界により多少の遅い早いはあり、千代田化工建設などは1990年代中盤に米国資本が入り、相当にドラスティックな体制変更・機構改革が行われたと聞く。そして2010年を境にして、業務上の大量多額な不良案件が勃発し、更なる事業撤退・廃業に追い込まれるところも多かった。2000年代は採算が合わずに撤退であったのだが、2010年代は不良の続出による企業の淘汰消滅であることが本質的に異なる。そして、新型コロナ騒動終息後の現在、日本の技術はどこを向いてどう変ろうしているのだろうか。

 

1980年代までの日本は、欧米に追い付け追い越せの精神で突き進み、1990年代の終わりに息切れして、2000年代以降に改革が成功した会社と失敗した会社に分かれた。この先を考えるときに、欧米そして2000年代から時代をけん引した中国の手法あるいは企業文化を一考することが必要ではないだろうか。欧米は、伝統的に言語の異なる異国人同士の集団で生きてきた歴史があるので、物事の要点を文書で残すことが当たり前になっている。一方日本では、それぞれの人が知識を頭に収蔵していて、文書に残すことがまだまだ一般的にはなっていない。中国の状況は分からないが、もういい加減に日本も欧米標準の文書、少なくとも議事録集を残すように改めるべきである、と常々思っている。技術の伝承も、欧米ではある程度文書で引き継がれているのではないか。日本のように、誰それさんが退職したからこの技術は終わり、と平然としていられる風土は世界的には異常なのではないか。現在北海道や九州でプロジェクトが進行している半導体製造技術の新規投資においても、整理された文書の形で後世に残す視点、を忘れてはならないのだと感じるこの頃である。

 

注)1)EPCとはEngineering, Procurement, Constructionの略で、生産プロジェクトの操業開始前の活動全般を指す。

  2)HSEとはHealth, Safety, Environmentの略で、広義の安全管理全般を指す。

(若月)