人に教えることほど勉強になることはない

 経営管理チームに加入してから3年が経過した。この間、チーム主催の講演会にて講師を4回やらせていただくなど、多くの「勉強」の機会をいただけたことに感謝している。講演でもっとも学びを得ているのは講師自身である、というのが持論だ。現代経営学の父、ピーター・ドラッガーが言ったように「人に教えることほど勉強になることはない」のだから。

 さて、その意味で、昨年とびきりの勉強をさせられた出来事があったのを今回のコラムで記しておこうと思う。なにかと世間をお騒がせの某N大学・生産工学部にて、経営管理の授業の非常勤講師をやらせていただいた経験だ。

 

 

 経営管理の基本的な事項は、MBA、中小企業診断士の資格取得を通して一通り学んでいたが、普段使わない知識というのは知らぬ間に記憶の器からこぼれ落ちていくもの。知識の焼き直しの必要性を感じていた時期であったため、非常勤講師の前任者であり経営管理チームの先輩でもあるSさんからこの話をいただいたときは、二つ返事でOKさせていただいた。

 

 当初の話では、15コマの授業を二人の講師が分担し、私は後半の授業のみを担当するとのことであった。また、授業スライドは前年度のものをトレースすればよいとのことで、それほど大きな負担にはならないだろうという期待があった。ところが、いざ非常勤講師に就任することが決まると、大学側が私に15コマ全部を担当してほしいと依頼してきたのである。講義内容もすべて私に一任するという。前年度の授業スライドを見せていただくと、講師の違いを反映して、前半と後半で経営管理の捉え方がかなり違っているように思えた。方向性の異なる内容を一人の講師が教えるのは無理がある。悩んだ挙句、やはり自身が納得できるものにしようと、15コマ(計20時間超)の授業スライドをすべて1から作り直すことに決めた。想定外の「勉強」の始まりである。

 

 私は、本業にて他人に教育する機会も多く、過去に「インストラクショナルデザイン(ID、教育設計)」の手法について学んだことがあった(IDについては2021年4月、経営管理チームにて講演させていただいている)。よって、経営管理の授業設計をする際も、IDの基本原則である「学習者中心」かつ「魅力的」な内容となることを心がけた。「学習者中心」とは、講師が何を教えたいかではなく、学習者が何を学ぶべきかを軸に教育を設計すべし、という考え方である。そして、「魅力的」な講義によって、学習者の授業への動機付けを図ることも肝要だ。(現実は、この2点が疎かになっている講演を目にすることが多いのは残念なことである)

 

 ただ、学習者にとって魅力的なものであろうとするほど、授業準備には時間がかかるもの。講義が始まる3ヵ月前から授業スライドを作り始めていたが、授業期間の後半では本番の3日前になってようやく資料が完成するという自転車操業に陥っていた。当時はかなりメンタル的に厳しかったことを覚えている。

 

 もうひとつ想定外に勉強させられたのが、生徒数の多さである。さすが日本一のマンモス大学と言おうか、1クラスの受講生が約200人に達していたのだ。学習者の理解を最大化するためには、グループディスカッションによるアクティブラーニングを採り入れるのが理想であったが、さすがに200人の生徒をハンドリングするのは無理があり、この方式は採用できなかった。妥協策として毎回授業の最後に小テストを実施し、専門的な言葉の意味を自らの頭で考えてもらう時間を作ることとしたのだが、その採点だけで毎回5~6時間を費やすのが頭痛の種であった。

 

 一連の教育設計の中で、私がもっとも工夫し、苦労したのが最終試験問題の作成であろう。MBAの授業で行われるようなケースメソッド(与えられた事例に対して、論理的思考を働かせつつ、自ら課題を抽出し解決策を導かせる学習方法)を志向したのだ。ここで用いたケース(架空事例)は、私自身の中小企業支援経験をベースに創作した6ページに及ぶオリジナルストーリーである。この試験問題の作成も、着想から完成まで数週間を要したように思う。

 

 このように、さまざまな意味で「勉強」させられた非常勤講師の経験であったが、授業後の生徒アンケートによってある程度報われることとなった。84%の学生に満足度が高いと評していただき、「講義の内容がよかった」「わかりやすかった」「社会で必要な知識を学べた」など好意的なコメントをいただけたのだ。もちろん、少数ながら問題点の指摘もいただいたが、これもまた私自身の教育スキルを向上させるための貴重な財産になったと思う。

 

 以上が昨年の非常勤講師の経験である。そして今年も9月より、同大学にて経営管理の授業を担当させていただくことになっている。昨年の経験を糧に、どこまで授業を改善できるだろうか。またの機会に報告させていただければと思う。

(保田)